ベントレー(Bentley)は、イギリスの高級車・スポーツカーメーカー、ブランドである。
1998年以降はドイツ・フォルクスワーゲングループ傘下となり、同グループのフォルクスワーゲン部門に属する。
名称は創業者のウォルター・オーウェン・ベントレー(Walter Owen Bentley 、名前の頭文字をとったW.O.という愛称で親しまれており、本稿でも以降W.O.と表記する)にちなむ。
1888年にロンドンに生まれたW.O.は、学校卒業後、グレート・ノーザン鉄道でエンジニアとしての修行を重ねた後、1910年にナショナル・モーター・キャブ・カンパニーに就職した。
ナショナル・モーター・キャブ・カンパニーで働く傍ら、モーターサイクルレースに興味を抱くようになり、1912年、フランス製乗用車の輸入業を営むラコック&フェルニーに転職、ここでW.O.はDFPという乗用車にチューニングを施したレーシング・カーの開発に従事、自身でワークス・ドライバーも兼ねていたという。
1920年代後半に世界を襲った大恐慌の影響を受けベントレーモーターズは経営不振に陥り、ネイピアと合併交渉が進んでいたが、ライバルであるネイピアとベントレーの合併を恐れたロールス・ロイスが偽名を使って買収、1931年に吸収合併された。その後W.Oは1935年にラゴンダに移籍しルマンで再び勝利したが、アストンマーチンのディビッド・ブラウンがW.O.を欲したためにラゴンダごと買収され、W.OはDBシリーズの直列6気筒エンジンを設計した。1971年に死去。
W.O.がいなくなった後のベントレーは、ロールス・ロイスのモデルとのバッジエンジニアリング化が進み、第二次世界大戦後にかけてロールス・ロイスのオーナーカー版としてベントレーは姉妹車化され、その後はオーナーカー用のスポーティーモデルとして、ロールス・ロイスとの差別化が計られた。
1971年、親会社であったロールス・ロイス社(Rolls-Royce Limited)は倒産、イギリス国有化された。1973年、ロールス・ロイス社のうち、ベントレーを含む自動車部門のみが分離され、同国を代表する製造メーカーであったヴィッカースに売却された。1992年にはBMWとの提携を開始、ベントレー・アルナージに搭載されるV8エンジンの供給を受けるなどした。